ちょっと古めのクルマと出会った、普通の人たちの日常 season2
私はカウンター席の一番端に座った。
見たことの無いボトルばかりでオーダーに困っていると、常連客らしき人たちが一人、また一人と来店してきた。
グラスワインの赤を注文した。
カウンターに置かれたリーデルのワイングラスに注がれたのは、私の苦手なカベルネではなく、ピノ・ノワールだった。
他のお客さんたちも皆一人客だった。
どのお客さんもグラスを持ち上げ … バーテンダーに、そして他のお客さんにもいただきます、お疲れ様です … こう言ってた。なんか礼儀正しくて可笑しかった。
あっという間にカウンター 8席が埋まった。皆それぞれここでの時間を楽しんでいるようだ。
隣の男性がBGMに反応し、その曲の思い出を語ってくれた。
いつの間にか隣の男性、その隣の女性と私の 3人で会話が弾んでいた。
グラスワインを 3杯呑み、私は楽しく過ごせたことに感謝を述べお店を後にした。
メールで入稿を済ませ、今週の仕事も無事に片付いた。
一週間頑張ったご褒美に、会社近くの利久で牛タン定食を食べた。さて、どうしよう … あのBARに寄ってみようか。
カウンターには先客が 3人居た。私は先週来店した際に気になっていたボトルを指差し、ティフィンだったか、それをベースにしたカクテルを作ってもらった。
先客たちは、美味しい野菜、道の駅、ドライブなどについて話していた。
クルマかぁ … 実家に帰省した時に、妹の軽を借りて乗るくらいかなぁ、と私は呟いた。
うん、私もそんな感じ、と隣の女の子が続けた。
てかさ、可愛くておしゃれなクルマってないよね〜 ?
カジュアルでさ、週末が早く来ないかナー、なんてワクワクするクルマ !
分かる ! 色も大事よね。シルバーとかダメ、校長先生とか乗ってそうだもん !
車種はとりあえず置いておいて、クルマで行ってみたい所・やってみたいことを一人づつ発表した。
私の番が来た。
早起きして三浦の朝市に行って、野菜をどっさり買うの。私写真を撮るのが好きだから、そこで働いている人や並んでる野菜を撮ったり。
そうだな、誰もいないお花畑 … 線路沿いとか。
たった一両の可愛い電車が来るのを何時間も待って、構図をああでもないこうでないって考えて。
クルマの中で紅茶を飲んで待つの。滅多に人のこないところで、飽きたら自分のクルマを撮ったり、雲を撮ったり、お昼寝したり … 。
世田谷区もやってるけど、小さな区画で畑を貸してくれるところあるぢゃないですか、そういうところにお弁当持って日曜日を過ごしたり … 。
あぁクルマってあったらいいよね。何か女子に似合うクルマないですか?
私はバーテンダーに丸投げしてみた。
macをカチャカチャやってた彼が画面をこちらに向けてくれた。
これ、似合うよ。
可愛い ! 外車ですか!
カングー、フランス車だよ、一つ前のモデルだけど。本国ではお花屋さんが配達に使ったり、商用車としても活躍してるよ。
荷物も沢山積めるし、この黄色は可愛いナー。このクルマに似合うトートバッグを探したり、オーナーになる前からワクワクできるよね。
実は私、来月で 30歳になるんです。自分の誕生日に、自分でクルマをプレゼントしちゃおうかなぁ … 。
本当の意味で成人式だと思うし … 。もうカウンターは大盛り上がり。
納車祝いだからと、隣の男性客はシャンパン空けちゃうし … まだ買ってないってば。
2時間ほどBARで過ごし、お店を出た。火照った頬に夜風が心地よい。
交差点で信号待ちしながら、国道を走るクルマを眺めた。こんなことは初めての経験だ。
カングーの運転席に座っている自分を想像してみた。うん、あたし可愛いかも。
それから3週間後。
今日はカングーの納車日だ。クルマはあのBARのお客さんでクルマ屋さんの方に、駐車場もお客さんの不動産屋さんが一緒に探してくれた。
約束通り 20時にBARに行った。お店の前には街灯に照らされたカングーと、沢山のお客さんたちの姿があった。
鍵ついてるから、乗ってごらん。
ドアを開けると助手席には大きな花束、ステアリングにはリボンがかけられ、バースディカードが置いてあった。
泣きそうになりながらキーを捻りエンジンをかけた。
カーステレオから流れてきたのは、初めてこのBARに来た時に、隣の男性が思い出を語ってくれたキャロル・キングだった。
もう … マスカラ取れちゃったから、一回帰りますから。
涙ぐみながらそう言うと、みんな大笑いしていた。
〜 終わり 〜